マニュアルどおりでない選手を育てる

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チームの規律を徹底するのは、選手育成の哲学の問題
アイデンティティーの確立には不可欠で・・・
アイデンティティーのない民族は、滅びる。

さて、マニュアルとは何か?
チームの規律とは異質の概念です。
つまり、仕切る立場の人が都合よく駒を動かすための概念です。

あなたが、マクドナルドの店長なら、マニュアルの精度とレベルをあげることが重要。
しかし、あなたが、子育てする立場なら、自分の都合でマニュアルを作ることは、今すぐやめるべきです。

子ども達の無限の可能性を狭めるかもしれません。

ところが、現在の教育界は、どうでしょうか?そしてサッカー界は?

あるプロチームの中学生のセレクションに多くの小学生がチャレンジする。
私には、まったく理解できない現象が、広島で現実に起こっています。

問題なのは、大人が、プロチームのブランドを崇高と考えた言動をとり、子ども達が、その幻想に動かされていること。

この問題は、高校サッカーでも同じだと思います。

私が、言いたいことは、マニュアル的な考えに支配されていないか?
有名プロチームや有名高校のブランドを実態の調査もしないで、鵜呑みにしていないか?
決定権は子ども達にあるか?
大人の都合で、バイアスがかかっていないか?

私は、大人のかかわり方が間違っていると思います。

大人は、子ども達に、マニュアル通りの人間になるな!と言うべきです。
そして、既存の権力を超える知恵とコミュニケーション力をつけなさいと指導すべきです。
なぜなら、個の力を上げるには、上記の思考が絶対に必要だからです。

型に、はまるほうが、楽かもしれません。
しかし、楽をすれば、将来、思わぬ苦労をすることになる。
型に、はまった人間は結局評価されないで、権力者のマニュアルに駒として組み込まれる。

さて、私が今後かかわる子ども達の中から、既存の概念を超える人材が何人出てくるのか?

私は、そこに、こだわりたいですね。
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