アイデンティティーのないサッカーに意味はあるのか?

私は時間のあるとき自分のサッカーアイデンティティーについて思いを巡らせます。

つまり自分が存在している理由をピッチの中で探し、表現し、仲間と共有する。

選手としては、そのような感じですが、チームとして、クラブとしてのサッカーアイデンティティーは、とても重要だと主張します。

サッカーアイデンティティーのないチーム・クラブは、やがて滅びる。
これは、間違いない。

国泰寺高校が100周年事業を今秋に実施されますが、目的がサッカーアイデンティティーの確立なら、すばらしいと思っています。

つまり、高校サッカーが監督の力量によって右往左往している現状に、大いなる疑問を持つ私にとって、100年の歴史が作り出すサッカーアイデンティティーが、一指導者の力量に組織として勝つことを証明してほしいのです。

廿日市FCも100年の歴史の14年目です。
しかし、サッカーアイデンティティーは着実に根を張りつつあります。

ひとつの事例は、トップとネクストの社会人2チームの活躍です。
優秀な選手を集めるのが上手なチームが強い現状を打開してほしい。
サッカーアイデンティティーを前面に出した戦いの素晴らしさを体現してほしい。
つまり、サッカーチームに何が必要で、何が不要なのか、実力で示してほしいものですね。
ぜひ、サッカー界に一石を投じる活躍を期待してます。
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